2017/05/17

ハイブリダイゼーション


幼少期から青年期、親の教育方針で書道茶道剣道居合道などなど基本が正座のお稽古に勤しんでいたので弊害が膝にきている。きているというか出ている。医学的根拠があるのかどうか知らないけれど、私は長年の正座により自分の膝の皿部分の骨が前に飛び出したと思っている。だからもう膝小僧というか膝番頭くらいの圧倒的存在感と出世感。その膝番頭が「もう堪忍しておくれやす」って、「後生でおま…やめてもらえまへんやろか…」って、以下なにをどうかいてもエレベーターが使えないことへの呪詛が続きそうなのでやめる


ニール・ゲイマン「アメリカン・ゴッズ」(2009、角川書店)

主人公はわずか数日の刑期を残す囚人シャドウ・ムーンである。だが妻のローラが急死したため、シャドウは出所を言い渡される。飛行機で隣になったミスター・ウェンズデイがシャドウをボディーガードとして雇うが、実はその正体は神オーディンであることが分かる。ミスター・ウェンズデイはアメリカ中を旅し、新しき神々に対抗するため、アメリカの生活に浸る古き神々を集めようとする。 

こちら絶版だとか。手に入らないので図書館で借りた。
何を書いてもドラマのネタバレになってしまうような気がする、ので、あまり書けない。面白かったけれど、勝手に「甲賀忍法帖」的に神々が一騎打ちしていく思い込んでいたのでそこらへんは肩透かし。ドラマでシャドウを演じている俳優さんがどことなく長瀬智也に雰囲気が似ているので、小説はIWGPのマコトちゃんで脳内再生されてしまった。それはそれでいいのだけれどやはり原作は先に当たらなくてはいけない、と自戒。それにしても金原瑞人さんの訳の読みやすさよ。そのお仕事のすばらしさに思いを馳せるうちに、娘さんの金原ひとみさんの作品のことを考えだしてしまい、あの深い夜の都会に迷い込んでしまう。

彼女とは人と為りと才能には雲泥の差があるけれど、似かよった部分が少しだけある、と自分では思っている。小さく閉ざされた世界であれどそこに君臨しうるだろう自分の万能感と、それを客観視しそのまやかしの万能感に酔う自分に唾するシニカルさ、とでも言おうか。そういうちょっと不遜なところ。勝手に思っているだけだけど。なので「ハイドラ」「AMEBIC」「オートフィクション」あたりは読んでいて動悸がする。楠本まき「致死量ドーリス」とかもそう。誰かの理想や希望を体現して崇められるかのように生きるのはとても楽なのだ。そして相手を間違えなければそれはそう難しいことではない。本当の私は舞台がよく見える場所に陣取って演出家気取りでいればいいのだから安心安全。自分自身からの積極的かつ自律的逃避をやってのけた自分自身に躁状態。という具合に、この世界から、綱渡りのように落ちそうで落ちない日々を送っていた時期があったので読んでいると動悸がしてしまうのだろう。私なぞ美しくもないのだけれどここまで感情移入してしまうのだから、同じような性質でもってひどく美しく生まれた人などはどれほどだろうか、はてさて。

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