2017/05/19
twitter,,nail,,iphonecase,,,,
日頃ツイッターランドで遊んでいる者として。何がきっかけだったかは忘れたけれど「親に愛されて育った子は~だけど、そうでなかった子は~でない」という呟きを目にした。莫大なフォロワーとリツイート数を誇り、どこか人生の識者めいた立ち位置をとる人による発言は、本人の望む望まざるに関わらず人心を縛る呪(しゅ)となりえてしまう。だから、その呟きを見た時に、どうか、親からの愛情不足を自覚して、それに心を痛めている若き人がこれ以上悲しい思いをしませんように、その言葉に囚われてしまいませんようにと、強く思った。自分の努力ではどうしようもないことを傍から見てしたり顔で意見してくる人には、心の中で魔法の呪文「オマエの中だけでな!」を唱えればいいし、おばちゃんがそういう無神経な人の頭は便所スリッパでスパコーンてたたいてあげるから安心しな。
画像について。左→保護者会で携帯を取り出したときに気まずい思いをするから、これからはケースは外していこうと思った。右→いつ見てもこのネイルなのは、実は、このゴールドラメの部分だけをジェルにしているから。そこにクリアのポリッシュを重ねているので根本が伸びてきたら除光液でオフしてまたクリアポリッシュを重ねるということの繰り返し。面倒くさがりのくせに根本がきたないのにも耐えられない無精者が編み出した苦肉の策。
ドナート・カッリージ「六人目の少女」(2015、ハヤカワ・ミステリ文庫)
森で見つかった六本の左腕。それは連続少女誘拐事件の被害者たちのものだった。しかし、判明している被害者は五名。六本目の腕は誰のものなのか? 失踪人捜索を専門とするミーラ・ヴァスケス捜査官は、著名な犯罪学者ガヴィラとともに特別捜査班に加わる。だが、懸命の捜査にもかかわらず少女たちの無残な遺体が次々と発見される――フランス国鉄ミステリ大賞、バンカレッラ賞など多数の賞に輝く傑作サイコ・サスペンス。
題名とあらすじから想像が難くないように、読んでいてまあ気が滅入る。陰惨な事件なのだから仕方がないのだけれど、捜査班の誰もが古臭いステレオタイプな人物像ではないけれど一様にしてポップではないということも関係しているように思う。そこらへんを加味しても終盤までは加速度的に引き込まれていくし、なかなかの傑作かもしれないと気分も高揚するし、面白い。さすがフランス国鉄ミステリ大賞。しらないけど。ただ最終的には、これでもかと詰め込まれた「驚愕の事実」というものに食傷気味になってしまった。もし次作があり伏線を綺麗に回収してくれるのであれば素晴らしいと思うのだけど。それにしても読み終えて思うのは、このジャンルにおけるトマス・ハリス「羊たちの沈黙」の偉大さよ。
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