2017/04/17

without noticing dawn breaking



日中に眠い。春眠暁を覚えず、などと言いたいところだけれどそれほど風流な感じでもなく、ただ夜中に起き出していろいろしているだけ。ただ、これから天候が崩れて嵐のようになるらしいので、明朝こそが孟浩然のよんだ句に相応しいのだろう。

春眠不覺曉 處處聞啼鳥 夜来風雨聲 花落知多少

4つの句からなる詩を絶句といい、8つの句からなる詩を律詩という。また、絶句のうち1つの句が5文字からなるものを五言絶句、7字からなるもの七言絶句という。ということで「春暁」は五言絶句ということになる。たぶん。しらんけど。

午前は二子玉川。富沢商店であれやこれやと魚とネスプレッソの弾(なんていうのかわからない)を購い、蔦屋家電でCADOという加湿器を注文して帰る。午後からは毎年この時期に桜新町駅付近で開催されるさくらまつりへ。娘はスーパーボウルやヨーヨー釣りをするもののその壊滅的なスキルに驚きを禁じ得ない。ひとつも釣れない人を初めてみた。しかし、取れずともいくらたくさん取ろうとも貰える数はひとり三個までと決まっている。忍び寄るコミュニズムの影。意外と知り合いにたくさん会ったので、ZARAメンズのヴィジュアルTシャツと古き良き時代のゴルチエのロングスカートという楽だけど真人間に見えないデストロイな格好で出てきたことを少なからず後悔した。

ヨハン・テリオン「冬の灯台を語るとき」(2012、早川書房)を読み始めたものの100ページほどで手が止まる。私も人の子の親になり、物語において苦手なシチュエーションというものが出来、これがまさにそれなので、あれ。打ち明けると母に先立たれる子どもが描かれる物語が、我が子に置き換えて考えてしまって、その喪失と不安の深さを想像して憐れでしかたがなくなってしまうので、積極的に避けている。父に先立たれる系のものはまったくもって平気。父と夫にスマンのこころ。

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